「19人・・それぞれのいのち」が私たちに問いかけるもの 「やまゆり園」事件を考える学習会が22日にあります。

長いこと楽しませてくれた今年の桜も、ようやく葉を見せるようになりました。3月22日から一週間、娘の結婚式をするために家族がスペインを旅してきました。出発前日に開花宣言。日本もスペインも同じように寒かったり、雨だったりの日々、桜は十分にもってくれ、福島のこどもたちと砧公園でお花見をした時には、まだ三分咲きでした。桜のせいではないですけれど、私のブログも随分長いことご無沙汰です。
 「世田谷こどもいのちのネットワーク」で懸案だった学習会が4月22日にあります。ずっとのどに引っかかっていた骨のように、いつかは、それもなるべく早い時期に取り上げたいと思っていた「相模原事件」。この事件が起きた7月26日、私はこのニュースをスペインで知りました。スペインでは朝のうちはずっとニュースが続けて流されるので、日本、19人、障がい者・・・などという言葉を何度も聞かされ、本当? 聞き間違いでは、と思いましたが、そうではなかったことを思い知らされました。
 この事件をいったいどう考えたらいいのか・・・。答えに窮します。「障がい者の人権が大切」などというだけでは済まされません。そんな時、10月に岩波ブックレットから保坂展人さんの「相模原事件とヘイトクライム」が出版されました。この本を読んだ多くの友人たちから、「ぜひ、世田谷で保坂さんをよんで講演会をしてほしい」との声が聞かれました。誰もが、考える手がかりを模索しているようでした。
 「障害を持った人を抹殺する」ことは、アウシュビッツに遡って「T4作戦」としてドイツで現実化されていたことが書かれています。帯には「奪ってもいい命など存在しないーー優生思想の罠に囚われないために、今私たちがなすべきこと」と。障害を持ったひとが社会の役に立たず、お金の無駄使いなのだから、抹殺していいのだ、という考えは極端なように見えるけれど、「社会の役にたたない」「経済活動に貢献しない」「税金の無駄遣いになっている」人たちを排除するとしたら、まず、私たちだって老いていけば必ず対象になります。だれもが「抹殺」の対象になってしまう。新自由主義的な「効率が第一」という原理からすれば、「排除」される人は山ほどいます。石原慎太郎元都知事が障がい者の施設を訪れて、「この人たちに人格はあるのかね」と本心で訊ねた、という話も記憶に新しいはず。そう、経済効率が優先される社会は、優生思想と隣合わせともいえるでしょう。
 「こどもいのちのネットワーク」(こいのち)の学習会のタイトルは、「19人・・・それぞれのいのちが、私たちに語りかけるもの」としました。名前を公表せず、19人と一括りにしてしまうことの理不尽さを思います。生を奪われたのは「19人」ではなく、一人ひとりのいのち×19、なのです。
 今回、2001年から2005年までやまゆり園に勤務され、19人のうち7人の方を担当されたという西角純志さん(現在は専修大学兼任講師)にに話をしていただくことになりました。「19人全員の生きた証を残すことが、植松容疑者の主張へのアンチテーゼになるはず」と、それぞれの方々の生前の様子の記録を作成されています。
 そして、重度の脳性麻痺のため24時間介護を受けながら、世田谷で自立生活を送り、障がい者解放の運動に深く関わる「HANDS世田谷」理事長の横山晃久さん、世田谷区長の保坂展人さんが加わり、「今私たちがなすべきこと」を共に考えあっていきたいと思っています。

今、辺見庸さんの「1★9★3★7」を読み、日本、そして日本人の「摩訶不思議」な今の有り様、思考形態を解くヒントを見つけた思いです。早く読み終えたいのと、終えるのをまだ待ちたいような気持ちと・・・。もう数ページで終わってしまいます。今、会う人ごとに「絶対に読んで!」と勧めています。
 「やまゆり園」の19人、という伝え方とまさにかぶっているのが、戦争の時の死者を数でしか表現しないやり方。辺見さんが一番言いたかったのは、このことなのではないか、と思えます。1937は、南京大虐殺が起こった年のこと。辺見さんはご自分のお父さんが、語ることはなかったけれど、やっぱり「殺った」のではないだろうかと推察し、「一人の人間がどう関わったのか」という視点から、とてつもない大きな事件を見ていきます。殺戮した側も「個人」でやったのではなく、「天皇の軍」(皇軍)としてやったのであり、された側は、一人一人でなく「何百」「何千」「何万」、ものとして当然のように殺された。大虐殺の事実は、そうして「戦争だからやむを得ない、当たり前のこと」とされ、殺されても塊のほんのひとかけら。辺見さんの本の中には、堀田善衞の「時間」という、彼が一人の中国人になって語るような小説のことがたくさん出てきます。本の「終章」でもその一部が引用されています。
 『何百人という人が死んでいるーしかしなんという無意味な言葉だろう。数は観念を消してしまうのかもしれない。この事実を、黒い眼差しで見てはならない。また、これほどの人間の死を必要とし不可避な手段となしうべき目的が存在しうると考えてはならぬ。死んだのは、そしてこれからまだまだ死ぬのは、何万人ではない。一人一人が死んだのだ。一人一人の死が、何万にのぼったのだ。何万と一人一人、この2つの数え方の間には、戦争と平和ほどの差異が、新聞記事と文学ほどの差がある・・・。』(堀田善衛「時間」) 大切なのはこの視点だ、とまさに思います。震災が起きれば、何千人の死、と伝えられます。ビートたけしが、阪神大震災の死者のことを、「5000人の死なのではなく、1人の死が5000あったということ」と言った言葉がずっと忘れらないで、「神戸をわすれない」という会を私は続けてきています。そう、その視点がなければ、どれも他人事なのです。日本人が今のように「だらしなく」なってきているワケの鍵がその辺にありそう。そのことが、22日の会でもきっと語られることになるのでしょう。
ぜひご参集ください。

「19人・・・それぞれのいのち」ーやまゆり園事件を考える
 4月22日(土) 14時~17時
 太子堂まちづくりセンター 2F (東急田園都市線・世田谷線 三軒茶屋下車4分)
 プログラム 
  西角純志さんからの報告
  西角純志さん・横山晃久さん・保坂展人さんによる鼎談
  会場とのやりとり。
 資料代  500円
 連絡先:星野弥生 03-3427-8447 marzoh@gmail.com
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ベンポスタこども共和国の映画上映会、人との「つながり」を考えたい

1月は行く、2月は逃げる、と言いますが、気がついたら3月。3月は去る、ので、気をつけなくては。
 書きたいこと、言うべきことは、さまざまな通信などで発信しているので、いまさらブログでもないのですが、今日は3月3日。ひな祭りなんて、誰も気にしてないとは思いますが、私はけっこうこだわっています。お雛様の階段は階級社会。頂点はお内裏様とお雛様。まるで貴族社会そのもの。何回引っ越しても、大事にかかえて持ってきたのは、私が生まれて間もなく買ってもらった小さなケース入りのお雛様。私の大切なお雛様を、娘に、そして孫娘に、と受け継ぎたくて、毎年お雛祭りをわが家流にやっています。その日だけは、具を別々に煮て、五目寿司を作ります。娘が小さかったときは、娘の友達、地域の友達と一緒に、だんだん、世代を超えてご近所の「女子会」になっています。今日も、引っ越たけれどかつてのご近所が来たり、家族3代が集まったり、大きな桶にいっぱいのお寿司をみんなで食べました。もちろん、ひな祭りにかこつけて、いっぱい飲みました。
 好きなもの、美しいと思うものを愛でるのは大好きです。私が好きだから。でも、それを、「日本は美しい国なのだから国を愛せよ」と言われたら、それはちがう、と言いたい。好きだったり、愛したりは、そうせよと言われることや、強制されることではなく、こちらの話。本当に、なにを勘違いしているんだろう・・。

 明日、3月4日に「ベンポスタ子ども共和国」の映画会があります。主催者は、この映画の監督の青池憲司さんです。去年がスペイン革命80周年で、アナキズムの立場からの集会が何度か開催され、私も「縁浅からぬ」アナキズムのことなので、足を運びました。映画を制作する時に、スペインのアナキズムの話を監督とした覚えはないのだけれど、ここにきて、「なーんだ、おんなじこと考えていたんだ」と感じています。私が、ベンポスタの思想にみたのは、まさにその設立の20年前にスペインに現出した「集産制」であり、「絶対自由主義」の考え方であったからです。1956年にスペインで創設されたベンポスタ共和国は、今はほとんど活動停止の状態ですが、だからといってその理念は停止していない、停止させてはいけない、とますます思っています。私も、「ベンポスタ子ども共和国」駐日大使として、そのことを伝えていく意味はあるなあ、との意を強くします。ご関心あったら、ぜひ来てください。

【多文化学校16/17 第2回学習会 /映画+トーク】
  タイトル『レツを組む話』
◯ この学習会を行うにあたって:
 連帯、というとなんとはなしに肩肘張るので、レツを組む、といってみます。
レツは連れであり列であり烈でもあります。ここに四半世紀前につくられた1本の映画があって、それをテキストにして、運動と共同性についてあれこれことばを交わしてみたいとおもいます。
多文化学校16/17の第1回は、スペイン革命(内戦)で民衆がもとめ実践した、社会的・経済的・人間的な関係を変革する試み、についてのトークをしました。
今回は、その課題を曲線的に引き継いでの学習会です。

◯ 内容
映画『 ベンポスタ・子ども共和国 』(1990年製作/監督・青池憲司/99分)上映
  + 青池憲司監督自作を語る+フリートーク
<ベンポスタ・子ども共和国>は、スペインのガリシア地方にあって、
「学ぶこと」「働くこと」「生活すること」を一体として行う共同体でした。
当時の構成員は約140人、6歳から18歳のこども・少年少女が約100人、20代から70代のおとなが約40人。
出身も、ラテンアメリカ、アフリカ、ヨーロッパ各国、日本と多民族共同体です。
ベンポスタが考えていることは「貧しい人、弱い人たちが抑えつけられて、身動きがとれないでいる世の中の仕組みを変えたい、そのために、新しい人間を生みだしたい」というものです。
その生活は三つの要素で成り立っています。午前中は学校で勉強し、午後は工作所や畑での労働とサーカスの練習です。
労働は子どもたちがさまざまな技術を身につけるためであるとともに、彼/彼女らは働くことで報酬をえて、
授業料、食費、宿舎費、日用品代など生活費を自分で賄っています。
サーカスは共同体の構成員すべてが団員で、国内外で公演し、ベンポスタの理想である「生きる歓びと博愛」をつたえます。
もう一つ大事なことは、共同体の経済基盤の多くがサーカス公演で成り立っていることです。
映画『ベンポスタ・子ども共和国』は、この共同体の日々に寄り添うことで、その理念と生活を提示した作品です。

◯ 日時=3月4日(土)開場13:00 開会13:30
◯ 会場=日本福音ルーテル東京教会(1F会議室)
     *JR山手線「新大久保」駅改札(一つ)を出て左へ、明治通り方向徒歩5分
◯ 参加費=1000円
◯ 主催=多文化学校運営委員会
    WEBサイト=http://tabunnka.jimdo.com
◯ お問い合わせ=多文化学校運営委員会事務局(あらばき協働印刷内)
         TEL=03-3205-7871 Eメール=tabunnka2015@gmail.com

「風の波紋」、中村敦夫さんの朗読劇、12日は三軒茶屋へ!

  「世田谷ボランティア協会をささえる会」は、協会が進めるボランティア市民活動への参加を呼びかけ、イベントを通じて親睦をはかろうという会で、私は副会長をしています。野菜づくり、干し柿づくり、うたごえ広場、などさまざまな活動がある中、私が企画・実施を任されているのが、「映画とワインの集い」。心にしみるドキュメンタリー映画を観ながら、ワインを飲む、いや飲みながら観る、かな? おまけに美味しいものも食べる、という三拍子そろった楽しいイベントです。なぜワインか、ですが、第一回目の映画が「からっ風と太陽が知っている。」栃木の障害者の施設、こころみ学園の人びとが急斜面でぶどうを育て、それでワインをつくるという仕事と暮らしを描いたもので、ならば生産された「こころみワイン」を味わいましょう、とあいなったのが、「映画とワインの集い」のそもそもでした。映画は毎年変わりますが、ワインはいつもこころみワイン。とっても上質なワインです。
 今年もその時期がやってきました。2月12日に、去年から次はこれ、と決めていた「風の波紋」です。一年前にこの映画が公開された時にもブログで書きましたが、この映画に関わる人たちとは、不思議な縁に結ばれていた、ということが次々とわかり、どうしても私の周囲の方々に観てほしいと思ったのです。越後の雪深い十日町近くの妻有の里山集落に都会から移り住んできた人たちを中心に、ひとりでは生きられない集落のつながり、協働作業が描かれます。ひとっていいなあ、と素直に感じられ、こういうのが本当のくらしだよね、って思えてきます。カメラがすばらしい、登場人物がひとりひとり愛おしくなるくらい輝いています。素晴らしいのが音楽。天野季子さんが、作曲し、ピアノを弾き、歌います。季子さんは、ベンポスタこども共和国でかつて暮らしたことのある耕太のお連れ合い。映画の会には、監督の小林茂さんも駆けつけてくれます。ワインを飲みながら、語り合うのもすてきなひととき。私はいつものように、シェフ(賄い婦ですが)も務め、料理をふるまいます。ぜひぜひ来てください! 

ささえる会 映画とワインの夕べ 『風の波紋』
☆日時:2月12日(日) 13時30分~17時 (13時開場)

☆参加費:会員1,000円 一般1,500円
ワイン、お料理とともに、語り合うひととき。小林茂監督のトークもあります。
グラスワイン又はジュース1杯と軽食付き、こころみ学園ココファーム
ワイナリーのワイン・ジュースの販売も行ないます
場所:世田谷ボランティア協会1階 
       ケアセンターふらっと
      (世田谷区下馬2-20-14
       東急田園都市線・世田谷線 三軒茶屋駅徒歩10分)
主催】「(社福)世田谷ボランティア協会」をささえる会   世田谷区下馬2-20-14
電話:03-5712-5101  FAX:03-3410-3811
e-mail:sasaerukai@otagaisam.or.jp


夜には、同じ三軒茶屋ですが、別のイベントがあります。
こちらは、『木枯らし紋次郎』で名を馳せた、俳優の中村敦夫さんの脚本・出演による朗読劇です。敦夫さんをたずね、打ち合わせをしました。「今、どうしてもこのことを伝えたい。放射能の影響は、3代、4代たって現れる。そのことを若い世代に知ってほしい。この劇を誰かが受け継いでくれたらなあ。」と語っていられました。バリバリの福島のことばで語るモノローグ、ぜひ耳を傾けにきていただけたら、うれしいです。

☆保坂展人と元気印の会 2017新春企画
 朗読劇 線量計が鳴る
 -元・原発技術者のモノローグ-&新年の集い・懇親会

http://www.kokuchpro.com/event/hosaka_20170212/
※電話・FAXにてのお申し込みも承っています。
 TEL 03-6379-2107 FAX 03-6379-2108

◎日時: 2017年2月12日(日) 18:00~

◎会場: 三茶しゃれなあどホール 5階集会室
    (世田谷区太子堂2-16-7 TEL03-3411-6636・三軒茶屋駅徒歩1分))

◎プログラム:

18:00~ 朗読劇 線量計が鳴る -元・原発技術者のモノローグ-
        脚本・出演:中村敦夫さん(俳優・作家・元参議院議員)
原発の町で生まれ育ち、原発で働き、そして原発事故ですべてを失った。
これは天命なのか、それとも陰謀か?老人は謎解きの旅に出る。

中村敦夫さんプロフィール
「木枯し紋次郎」で知られ、俳優活動とともに
テレビ「中村敦夫の地球発22時」等キャスターとして、
また、 98年参議院選挙で初当選し政治家としても活躍。
著書『チェンマイの首』はベストセラーに。
近著に『簡素なる国』があり、経済大国から環境立国への道を主張。
2015年 NHK連続テレビ小説「まれ」に出演。

私は朝から晩まで三茶で過ごす日です。どこかでご一緒できたらうれしいです。

神戸をわすれない  坂茂さんによる「建築家が社会のためにできること」

 あけましておめでとうございます、も時期外れですね。年だけは容赦なく変わるなあ、と時の無常を嘆いているうちに、1月も半ば過ぎ。15日、16日のボロ市も終わりました。ボロ市界隈、代官屋敷のほとんど隣にあるような我が家は、12月、1月の4日間は人で溢れます。朝から晩まで飯炊き女の、賄い婦状態です。その前には半月の間にいくつもの通信をは作り(ベンポスタ通信、こどもいのちのネットワークつうしん、神戸をわすれない・つうしんなど)、締め切りの迫った原稿をやっと書いたので、ちょっと一息。
そうだ、1月21日のお知らせをしなくちゃ、と気を取り直しています。
 1月は私にとっては「神戸」の月。22年前の昨日は、たくさんの神戸の友人たちのことが気になって、本当に落ち着かない日でした。その5日後に母が亡くなりました。神戸で過ごしたことがあり、私が子どもの時に神戸の話をたくさんしてくれた父も13年前の1月に亡くなりました。そんなこんなで1月には「神戸をわすれない」会を開いています。非被災地が被災地の経験に学んで、まちづくり、人の関係づくりに生かしたいと思い、長田区の野田北部・鷹取のまちと人びとの再生のようすを連作で描いた青池憲司監督&青池組の「人間のまち」を世田谷で上映してきました。映画の撮影はもうとっくに終わりましたが(青池さんは今は石巻で映画を作っています)、「神戸をわすれない」思いは変わりません。17日になると、東京のメディアでも「風化させちゃいけませんね」「わすれてはいけませんね」などというコメントが飛び交いますが、私のこの会のネーミングは、われながらよかったなあ、と思っています。
 今年は30回目になります。最初のころは年に2~3回上映会をやったりしていましたから、22年目だけれど30回目なのです。私が密かに抱いていた夢が実現しました。私たちに縁の深い、カトリック鷹取教会は火災でほとんどすべてが瓦礫と化しましたが、焼け落ちた礼拝堂を、紙を使って建設しようと、神田神父を口説いた建築家の坂茂さん。新幹線で通って毎週説得活動、「燃えた教会を紙で作ろうなんて、何考えてんですか」と神父に呆れられながらも、ペーパードームを建てました。そのドームは礼拝だけでなく、まちの人びとのコミュニティ・センターとして機能してきました。礼拝堂は10年前に本格的に再建されましたが、ペーパードームは、被災地仲間の台湾に移築されました。
 神戸とかくも縁があり、世田谷出身で、世田谷とパリを往復しながら、世界的に活躍している坂さんを「神戸をわすれない・せたがや」におよびすることを夢見ていた私にとって、今度の会は格別のものです。最初のころからずっとこの会に参加してくれている保坂展人世田谷区長との対談も楽しみです。昨年7月に、世田谷区と、坂さんの事務所は防災協定を締結しました。世田谷が災害にあった時、避難所の間仕切りを提供する、というものです。坂さんの間仕切りは今や世界的に有名。熊本でも多くの避難所に、プライバシーを確保するこのシステムが使われています。坂さんの著書「紙の建築 行動する~建築家は社会のために何ができるか」(岩波現代文庫)というタイトル、いいですね。まさに「行動する」建築家。ちなみにこのタイトルをつけたのは、詩人の高橋睦郎さんだそうです。「本は紙でできているのだから、書庫も紙でできていてもいいかな」と詩人らしく納得した睦郎さんのところの膨大な本を収納する書庫を作ったのも坂さんでした。高橋睦郎さんは、以前経堂にお住まいでしたが(ごく近くで、私もよく知っていました)、本の重さに古いお家が耐えかねて、逗子に引っ越されたのでした。そんな縁も感じています。
 書き始めるとキリがないので、本題。ぜひ「神戸をわすれない」にいらしてください。

第30回 神戸をわすれない
 建築家は社会のために何ができるか~紙の建築をめぐって~
  坂茂 × 保坂展人

日時 1月21日(土)18時~20時半
場所 世田谷区役所第三庁舎三階ブライトホール(東急世田谷線世田谷駅5分)
資料代 500円(資料+長田神社前商店街「きねや」のぐーじーまんじゅう)
定員 100名

主催 神戸をわすれない・せたがや
後援 世田谷区、世田谷ボランティア協会、世田谷区社会福祉協議会


連絡先:星野弥生  070-5554-8433  mrazoh@gmail.com

友人たちとの別れ、そしてフィデルの死に思う

「ブログ書いてます」なんて恥ずかしくて言えないくらい、放置してしまっています。そうこうしているうちに今年も余すところ1カ月になろうとしているので、少し焦っています。別に私が焦っても世の中変わるわけではないんですけれど。
 この一週間ほどの間に次々と訃報が・・・。こっちもいい年になっているので、悲しいお知らせの数が増えるのは当然ですが。年賀状を控えます、という葉書も毎日2~3枚は舞い込むこのごろです。
 ベンポスタ(私が「駐日大使」を任じている、スペインにある世界の子どもたちの共同体)に行っていた日本人のこどもたち(もういい大人たちになってますが)の保護者のような存在だった内田幸四郎さんがひっそりと亡くなった、という電話をベンポスタっ子だったカオルから受けたのが23日。そんなに何度も会ったわけではないのだけれど、ふつうとはちょっと違う生き方をしてきた日本の子どもたちにとって、とても安心できる大人だったので、ベンポスタを直接は知らなかった幸四郎さんのことを私は心底「仲間」だと思っていました。ベンポスタのことを「ベンポ」と言い習わしていました。高円寺で演劇活動をやっていたり、私にはまだまだ「なぞ」の人でしたけれど、本当にみんなの拠り所であってくれたこと、感謝しています。ありがとう!
 電話を受けてすぐに家を出てお線香をあげにいったのですが、その途中で神戸の森末さんから電話。1年間闘病生活を送っていたお連れ合いが亡くなったという知らせでした。10日前にも神戸にお見舞いに行き、年内持ちこたえるのは難しいということだったので覚悟はしていましたが、やっぱりショック。ベンポスタのサーカス団が日本にやってきた1993年、全国各地で草の根の実行委員会が立ち上がってサーカス公演を実現させましたが、神戸の実行委員の一人だった森末さんとは誕生日が一日違いの同年齢のよしみでその後もずっと親しくしています。ずっと傍らで寄り添っていた彼のことを考えると、いてもたってもいられず、神戸にお別れに行ってきました。先立たれた久子さんは、一貫して弱い立場の人たちの話を聴き、思いを共有しながら生きてきた人。遺影の優しい笑みが過ごしてきた人生のすべてを語っているようでした。
 そしてその翌日に「カストロ死す」のニュース。これは極め付きでした。もちろんいつあっても不思議でないし、これまで何度もの危機を脱し、「死んだ」の噂も数しれなかったフィデルのことであれば当然起こるべきことでしたが、彼の生きざまの大きさを改めて感じ入っています。フィデルが率いるキューバ革命が成功し、社会主義国家キューバが成立したから、ラテンアメリカの歴史は変わり、世界を変えようという動きも起こってきました。私たちが学生だったころ、第三世界と連帯する「二つ、三つのベトナムを!それがわれわれの合言葉だ」というスローガンを掲げていましたが、これもキューバ発、でした。カリブ海の小さな島が、アメリカからの攻撃や経済封鎖にもかかわらず、生き延びていっていることが、私たちの「希望」であり、キューバは「夢の島」であり続けてきました。アメリカに対してここまでNo!を言い続けられる潔さを貫いてほしい、などという勝手な思いはいつもあります。革命を起こしたのには、まったく正当な理由があったのですから。そのことを私たちは決して忘れてはいけない、と、フィデルの死に接して今一度誓いたい思いです。
 昨日からキューバ大使館で記帳・弔問を受け付ける、という知らせが入り、今日は映画の試写会に行った帰り、少し時間があったので、ふと足を向けて行ってきました。赤羽橋にある大使館は、客が途絶えないようです。私はギリギリの最後でしたが、サロンには贈られてきた花が飾られ、フィデルの写真の前に記帳用のノートがありました。名前だけでなく、一言添えてきました。「私たちの永遠のコマンダンテの死をお悔やみします。キューバ革命は、私たちが若かったころ、私たちを勇気づけ、世界は変えられるという考えを持たせてくれるようなものでした。ありがとう! 永遠の勝利まで(Hasta la victoria siempre.)と、スペイン語で。

 そうそう、その前に観てきた映画というのは、3月から岩波ホールで上映されることになっている、パキスタン映画の「娘よ」。実話に基づき、10年かけて制作されたという、美しい、そしてふかーい映画です。いのちをかけて娘を守る美しい母親。グアテマラの「火の山のマリア」も母と娘が主題だったし、先日遅ればせながら観た「イングリット・バーグマン」でも、おもわず、母と娘の物語を感じてしまっていた私です。
プロフィール

marzoh

Author:marzoh
はじめまして、星野弥生です。さまざまな教育や子どもに関する活動、スペイン語圏の国々と関わるNGO的な活動を通じて、人と人との糊付け役みたいになっています。そんな活動の報告やらお知らせをする場として、ブログなるものに挑戦してみることにします。

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