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映画「牛の鈴音」など

政治がらみのことが続いたので、今日は映画の話。よく登場するご近所の下高井戸シネマ。昨日は二本の映画を観てきました。一本目は韓国のドキュメンタリー映画、「牛の鈴音」。いやー、本当に感動しました。40歳にもなる老牛と、80近くのからだの不自由な農夫のおじいさん。これを書きながらも、この二人(といいたくなる)の心の通いあいを思い出して、涙がでてきます。口うるさい妻のグチを聞こえないふりをして、不自由なからだでなおも機械をこばみ、自分の手で苗を植え、稲を刈り取る老人。絶対に肥料はつかおうとせず、牛の草も自分で刈って、背中にしょってくる。それを食む牛のうれしそうなやさしい顔。おいぼれた牛に荷車を引かせ、自分がそこに乗って、どこまでも行く老人。車と並んで、牛の引く荷車が止めてある光景、コンバインの脇で、磨いだ鎌をつかって稲穂を刈り取る腰の曲がった老人の姿・・・どれも便利な時代を拒否し、自然との共生、動物との助け合いを信じてなお生きるその姿は本当に胸がつまるような感じです。もう老人の手には負えなくなった牛を、家族みんなの提案で「売ろう」ということになり、市場に連れていくのですが、こんな役立たずの牛はただも同然だ、と言われながらも、だれも買うはずのない値段でしか応じようとせず、人びとに冷笑されながら、牛を連れて帰る老人。市場に連れていかれるとわかった時のなんとも悲しそうな牛の顔。涙が一筋・・・こんなにも信頼しあえる関係ってなんだろう、と本当にあたたかい感覚に包まれます。結局、その牛はおじいさんよりも早く死んでしまうのですが、彼らが残されても、困らないように、たくさんの薪を運んでおいてくれて、そのたきぎの山がずっと写しだされる場面がすべてを語っているようでした。折しも、宮崎の口蹄疫で牛がどんどん殺されていく。その一頭、一頭の牛ともダブります。「いのち」を心の底で感じられるような映画でした。
もう一本は「フローズン・リバー」。アメリカとカナダの国境の川は凍っているがゆえに、車で通過することができる。夫が蒸発し、残された妻は日々暮らすためのお金、買った家の残金を稼がなくてはならず、車で不法入国者を運ぶというきわどい商売に手を出すのですが、決してお金で割り切れる話ばかりではなく、そこに関わるひとたちとのギリギリのところから生まれる人間的なつながりが心を打ちます。凍った川が溶けて車が落ちてしまうのでは、誰かが死んでしまうのでは、とハラハラしましたが、最後はいい感じに終わってくれました。これも観た後で、うーん、とうなずきたくなる映画でした。
娘が9ヶ月のスペイン留学からおととい戻りました。娘なしの生活になじんでしまったので、どうなることやら、と案じてましたが、ごく当たり前のように以前の日々が復活しています。娘が拾ってきて、わが家にとってなくてはならない大事な存在となったネコは、娘を思い出したようですが、明け方に私のベッドに潜り込んできていたのが、今はどちらに行くべきか、ウロウロと迷っていて、それがおかしい。彼女なりに気を遣っているのかしら。
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Author:marzoh
はじめまして、星野弥生です。さまざまな教育や子どもに関する活動、スペイン語圏の国々と関わるNGO的な活動を通じて、人と人との糊付け役みたいになっています。そんな活動の報告やらお知らせをする場として、ブログなるものに挑戦してみることにします。

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