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 ワールドカップが終わり、参院選も終わりました。スペインがかっこよく優勝したのはうれしかったけれど、応援していた保坂のぶとが入れませんでした。選挙そのものの結果もなんともがっかりです。私も、知人・友人、さまざまな方々に、絶対に働く議員だから、と応援をお願いしてきたので、一人ひとりの方に、至らなさを詫びたい気分です。たくさんの支持者、応援団が、個々の人たちにはがきをかき、電話をかけ、話をし、納得してもらっての一票でしたから、その一票の重さ、込められた思いを肌で感じています。どさっとかたまりで何万票、何千票というのとはちがうよ、といいたい気もしますが、ものを言うのは質ではなく、数なのが悔しいです。それでも、去年の衆院選のあとは、杉並で保坂が石原都知事の息子に惜敗した悔しさはあっても、政権交代で、世の中変わる!というある種の期待感がありましたが、今回はなんだか、ドヨーンとした暗澹たる気分です。もとより民主党に何も期待しているわけではないけれど、自民党の時代よりもひょっとしたらもっとひどいところに行っちゃうのではないかというおそれです。鳩山さんが主張した理念、ことばは間違っていなかったのです。「コンクリートから人へ!」「友愛の政治」「辺野古移転は自然への冒涜」・・・・今だって、そうだ、そうだ、と言いたい。でも、コケました。総理なんだから、やれたはずだ、頑張れたはずだ、と思うけれど、アメリカだけでなく、官僚の逆襲がすごかったんだろうな、と察します。政権が変わっても、元の木阿弥、その理由はそこにあるのだろう、と全然論理的にものを考えられない私も、なんとなくカンでわかります。管さんなんか、のっけから理念も革新性も捨ててますからね。民主党のなかで、市民の側にもっとも近い存在だといわれてきた菅直人がそうなんですから、推して知るべし。管VS官は最初から勝負がついてる感じです。自民党の時代、少なくとも野党としての存在意義があったとして、今みたいに自民党が再び盛り返してきて、消費税もどっちが先に10%を言い出すかということだったりで、与党も野党もなくなってきてしまうのではないか、とそんな怖さ。そう、いわゆる大連合。そこにきて、社民党も共産党も議席を減らしているのだから、二つの政党ですべてが決まる、という恐ろしい時代になるという悪夢も現実味を帯びているようです。そんな時代がきたらこわいですよねえ、と辻元清美さんが、応援演説に来た時に訴えていました。みんな、それでよかったの? これで、比例区の人数を削減する、などということが通ったら、少数政党はすべてなくなります。
 保坂のぶとにとってははじめての全国比例区、という広大な砂漠を相手にしているような選挙でした。小選挙区では、かつては世田谷、昨年は杉並の有権者しか投票できなかったので、今回は、全国どこからでも本人の名前で書けます!と、全国の友人に呼びかけることができましたが、選挙戦終盤になって、ひょっとして、これは難しいかも・・・という思いにかられたのは、電話をしても、話をしても、比例区の選挙方法がわかりにくくて、ちっとも浸透していない、ということに気付かされたからです。無関心どころか、もちろん支持しますよ、という人たちですら、「でも、杉並でないから」とか、「えっ、比例区に出てるんですか?」「保坂さん、名簿は何位ですか?」とか、そうか、本当にわかりにくいんだ、だからいくらハガキに書いても、一人ひとりに説明するくらいじゃないと、わかってもらえないんだ、と焦りました。衆院選の時は、比例は名前が書けないので、「いやでも社民党と書いてください」と言っていたのが、今回は「名前でお願いします」ですからね。混乱しない方がへん。
で、唖然としたのは、今日、たまたま立ち寄った映画監督をしている友人のところで、選挙の話になり、彼女は期日前投票をしにいったら、係の人が「比例は政党名を書いてください」と言ったのですって。ええっ?と思ったけれど、そうだったのか、と政党名を書いたのだそうです。投票上には、比例のところに政党名しかなく、個人名は記されていなかったそうです。でもそう言われた人たちは他の投票所でもずいぶんいて、クレームはかなりいろんなところであったということです。それって許されることじゃないですよね。ちなみに彼女は、保坂さんが全国で出ているという意識はなかった、と言ってました。まあ、そういう選挙制度のせいばかりで当選できなかったということではないでしょうが、大きな組織で、組織的な取り組みができているところは、そういう勘違いがなくて済むわけですから、一人ひとりの票が頼みの候補者にはやりにくいことこの上ない、ということになるのでしょう。やっぱり、選挙制度を変えなくては、とつくづく思います。小選挙区は絶対に不公平。小さな政党がなくなって、二大政党だけが残った時、そして大政翼賛会ができたときに気がついても遅い・・・しかし、使える議員を国会に送り込めなかったということは、返す返すも残念です。
 今日は、「オーシャンズ」を観てきました。昨年の東京国際映画祭の招待作品でその時に観たから二度目。その時はフランス語版でしたが、今度のは宮沢りえのナビつきでした。監督のジャック・ペランは、映画に出ていた時からのファン。その昔「家族日誌」という大好きな映画でマルチェロ・マストロヤンニの弟役でした。それはともかく、海の中での昔からの生物の共存の様子が広大なスクリーンに映し出され、生き物たちの、なんと自然な動きの美しいこと、と見とれていました。その生き物たちが、人間たちの張った網にひっかかってもがく画面は、思わず涙、でした。地球温暖化の影響で、氷がどんどん溶けていき、シロクマも、セイウチも生きにくくなってきている。絶滅の危機にある動物たちが本当にいなくなって、「かつてこの動物たちは地球上にいました」と、博物館の剥製になって登場する日がまもなくきてしまうのかもしれません。海底の草を食むジュゴンも出てきました。思わず、辺野古の海に思いを馳せました。「コンクリートから人へ」は、絶対に間違ってはいなかったし、それはもっともっと言い続けなくてはいけない。いや、人だけじゃなくて、地球上のすべての生物ですね。「コンクリートからいのちへ」。民主党は口にチャックをして言わなくなっても、私たちは叫び続けていかなくてはならない、そんなことを思った映画でした。
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はじめまして、星野弥生です。さまざまな教育や子どもに関する活動、スペイン語圏の国々と関わるNGO的な活動を通じて、人と人との糊付け役みたいになっています。そんな活動の報告やらお知らせをする場として、ブログなるものに挑戦してみることにします。

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