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山形国際ドキュメンタリー映画祭、イグナシオ・アグエロ監督との日々

 10月10日から一週間、山形の国際ドキュメンタリー映画祭に4年ぶりに行きました。スペイン語を必要とする監督がいると私にも仕事がまわってくるのですが、英語で済めばナシ。今回はチリの監督がスペイン語を希望してくれたため、行くことができました。その監督、イグナシオ・アグエロさんと最初からすっかり仲良くなって、舞台挨拶やQ&Aの仕事以外の場でもほとんど行動を共にしました。一緒に映画を観、食事をし、お酒を飲み、「メディアテックを見に仙山線で仙台まで往復し、彼が東京で数日間滞在する間も、友達としてほとんど毎日付き合っていました。
 コンペティション部門にノミネートされた彼の「サンチャゴの扉」は、グランプリには届かなかったけれど、優秀賞をゲットしました。受傷後、舞台に立った彼が、ずっとついてくれていた通訳に感謝、と言ってくれたのにはびっくり、感激!そんなこと言う監督はいなかったもの。
 チリのサンチャゴ市にある自分の家の中から1年間撮り続けたという映画。猫が走り、鳥が水を飲みにくる庭から窓を通じて差し込む陽の光が家の中を映し出し、そこにある写真や絵画によって家族の歴史が語られる静かな時。突然に玄関のベルが鳴り、扉を開けるとそこにいる見知らぬ人との出会いが始まる。そこから人との関係が生まれ、家の中から外に向けた空間が拡がっていく。そんな映画です。原題は「The Other Day」で「いつの日かの偶発的な出会い」という意味なのだ、と監督は言っていました。「一期一会」なのだけれど、彼は訪ねてきた人を訪ねにサンチャゴの町のそこここに赴くのです。
 イグナシオが私の大好きだった映画「100人の子どもたちが列車を待っている」の監督だったと知って、会う前から楽しみでした。この映画も特別に山形で上映され、日本映画大学の学生をはじめとする観客とのディープで的を得たQ&Aが展開されました。1989年の第一回の山形のフェスティバルに彼が持ってきた映画ですが、賞はとらなかったけれど、各地で公開されています。サンチャゴ郊外の貧しい地区に住む、映画も観たこともない子どもたちに、映画がどうやって作られるのかを、おもちゃづくりの体験を通じて学ばせるアリシア・ベガ先生。仮説実験授業のことをふと思い出します。子どもたちが創作の課題に選んだのは「デモ」。人民のデモに対し、警官や軍隊が出動して弾圧するさまを子どもたちは日常的に目にしているからこそです。まだ独裁者ピノチェトが君臨していた時代、子どもが主人公の映画なのに、18歳以上しか見てはならない映画の指定を受けました。まだまだ多くの人に観てほしい映画です。彼の次作は、「もう一つの9.11」。つまり、1973年の9月11日に起こった軍事クーデターの時に居合わせた人たちや、その時代を知らない人たちの「目」を通じて、その時を語る、というものだそう。楽しみです。
 東京のいろんなところを一緒に歩き、家にまでよんでたくさんの友だちと一緒に料理とお酒を楽しんだイグナシオも今日日本を離れました。絶対にまた来たい、と言い残して。次の映画でノミネートされることを期待します。
 ヤマガタといえば、25年にわたる山形の映画祭に皆勤の英語通訳である友人、山之内悦子さんが、映画祭をめぐる本を出版しました。先日の我が家でのパーティは彼女の出版記念でもありました。「あきらめない映画~山形国際ドキュメンタリー映画祭の日々」(大月書店)です。本当に優れたすばらしい通訳なのだけれど、黒子の域を思いっきりはみ出した彼女の生き方そのものが「ことば」に跳ね返ってきます。ヤマガタにいられる、そこで仕事ができる、ってなんて豊かなことなんだろう、と改めて思っています。とても彼女の域には程遠いのだけれど。ぜひ、読んで下さい。
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Author:marzoh
はじめまして、星野弥生です。さまざまな教育や子どもに関する活動、スペイン語圏の国々と関わるNGO的な活動を通じて、人と人との糊付け役みたいになっています。そんな活動の報告やらお知らせをする場として、ブログなるものに挑戦してみることにします。

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