FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ベネズエラのはなしをきこう!

 ベネズエラのベンポスタの主宰者、マリア・ルイサが日本にきています。11日に、娘のチェスティンとその連れ合いと共に成田に着き、その足で私と合流して、広島、神戸と周り、京都へ。昨日からは東京の私の家にいます。毎日忙しすぎる彼女にとっての息抜きではあるのですが、一日だけ「ベネズエラのはなしをきこう」というトークの時を取ってもらうことにしました。明日です。
 7月20日(日) 14時~17時 世田谷ボランティアセンターにて(三軒茶屋下車10分)
 終わってから懇親会。

 ベネズエラのベンポスタの活動について、また彼女については、「ベンポスタ通信」に書きましたので、それをここに転載します。困難な状況にある子どもたちの生活を少しでもよくしようと奮闘しているマリア・ルイサの口から、ベンポスタ、そして今危機的状況にある知られざるベネズエラのことを語ってもらう機会、来ていただけると嬉しいです。

 「ベンポスタ通信」 No.47より
 私の「ベンポスタ通信」で、彼女が登場しないことはないほど、存在感のある私の大切な友人であり、世界の「ベンポスタ」にとってなくてはならない人です。オレンセのベンポスタが実質的には「こども共和国」と言えない状況にある今、先住民のこどもたちのために、寝る間も惜しんで働き続けている彼女の存在は「ベンポスタは生きている」ことのなによりの証です。ベネズエラのベンポスタは、映画「ベンポスタこども共和国」に市長として登場していたベネズエラ人のカワチ(フアン・カルロス)が、自分の夢は神父になり祖国に戻ってベンポスタをつくること、と語っていたことに発します。その言葉どおり、1992年に彼はラ・グアイラ近くの山の中腹のベネディクト派の修道院にベンポスタを創りました。94年に私は、生協関係の人と一緒にそこを訪れ、マンゴーの日本への輸出が可能かどうか(そこら中にたわわになっています)を探り、そしてカラカスで一週間行われていたロス・ムチャーチョス・サーカスの公演を観に通いました。マンゴーは不発に終わりましたが、あの頃のベンポスタはとても活気にあふれていました。その後、友人から「ピースボートが、ベネズエラに交流相手の団体を探しているのだけれど、どこか知らない?」と訊かれ、ピッタリのところがあるよ、と紹介したのがベンポスタ。95年にはラ・グアイラに寄港した船のオプショナルツアーとして、はじめてのピースボートとベンポスタの交流が実現しました。私も「大使」としてはじめて船に小学生だった娘を伴い乗ったのでした。ブラジルのベレンに飛行機で行き、船と合流。そこからラ・グアイラへ。そこで、ゲストとして乗ることになったカワチと一緒に乗船したのが、マリア・ルイサとその夫ジョンでした。船の中では、ベンポスタの話、サーカスの練習、そしてマリア・ルイサは自分が住むマラカイボ近くの先住民の子どもたちのことやインディオの文化を語りました。港に着いてバスでベンポスタへ。ベネズエラの料理を食べ、カリブ海で泳ぎ、かなり急な山を子どもたちの手を借りながら登り、こどもたちとものづくりを楽しみました。それは私のその後長くつづくピースボートとの関係のはじまりでもありました。今や、ベネズエラはピースボートにとってはとても大切なパートナー。去年亡くなったチャベスも大事な友人と考えていたし、ベネズエラのユース・オーケストラの(エル・システマ)の青少年たちも船の常連です。
 マリア・ルイサが住んでいるのは、ベネズエラ第二の都市、石油の積出港として有名なマラカイボから1時間ほど走ったところにあります。そこからさらに、車がとびはねるようなガタガタ道をかなり奥の方にいくと、リモン川のそばにロス・フライレスの集落があり、そこに彼女は、シルバ神父にならってベンポスタをつくったのです。ある日、彼女が警備隊の車でジャングルの奥地に入ると、そこには家もなく、服も着けずに生活している先住民たちがいました。びっくり仰天し、子どもたちをなんとかしなければ、ととっさに思ったといいます。そこからマリア・ルイサの闘いが始まります。子どもたちが読み書きを覚え、少しでも教養が身につくようにと学校をつくり、一日一食でもまともなものが食べられるように共同食堂をつくり、市や州にかけあって、雨露のしのげる家を建ててもらい、水道などはもちろんないので、水を運ぶタンク車を手配したり・・・。しかし、そばのリモン川はたびたび氾濫し、せっかく途中までできた建物は水浸しになり、子どもたちは避難しなくてはならない、ということもよくあるのです。賽の河原に石を積むようなものです。
 それでもロス・フライレスのベンポスタは訪れる度に目覚ましい成長を遂げています。最初はみんなの集まる屋根のあるホール、台所、倉庫、医務室、図書室(ここの壁にはピースボートが訪れた時の寄せ書きがまだ残っています)、ボランティアの宿泊施設、くらいでしたが、今はこどもたちの宿舎、パソコンルーム、売店、ここの将来を楽しみにしていたシルバ神父の部屋などもきれいに整備され、最近ではダウン症の子どもたちのための施設も完成したとの知らせもありました。訪れる時には、「ベンポスタ友の会」に寄せられるカンパを携えていきますが、それはそっくりそのまま、セメントなどの建築材料、あるいは労賃にまわされます。ここの屋根は日本からのドネーションで完成したのよ、などと言われるとちょっとうれしくなります。大した額ではなくても、ベネズエラではかなりのことができるのです。マリア・ルイサのところにいると、税関や役所、チャリティの団体、と一緒につきあわされるハメになりますが、国境での押収品があれば取りに行き、おもちゃや古着がでれば、トラックに積み込み、スーパーで廃棄されるダンボールや、なじみのレストランからのペットボトルを回収・・・、いつも頭にあるのはこどもたちのことばかり。こどもたちの食料を確保するのに走り回り、気がついたら、私たちのごはんは何もない、なんてこともしょっちゅうです。ラ・グアイラの学校は、カワチがいなくなってマリア・ルイサが事実上運営している青少年のベンポスタ。サーカスの練習もしていて、ピースボートが寄港した時に、パフォーマンスを披露したこともありました。また、サパラというカリブ海にある島にも「ベンポスタ」の支部(?)があります。ここを彼女はクーラ(シルバ神父)に住んでほしいと思い、クーラの家を作ったのです。その他にも、ボートで貧しい人たちに物資を届ける、クリスマスプレゼントを持っていく、とほとんど一人で切り盛りしているので忙しいことこの上なし。
「私は18時間毎日働いているの!」と動きまわっているマリア・ルイサの傍らで、「マリア、落ち着け」となだめすかしながら、パソコンでゲームをしたり、そっとビールを飲みに出て行ったりしていたのが、夫のスウェーデン人のジョンでした。彼女の家に行く楽しみの半分は、ジョンとつるんで近くにビールを飲みにいくこと。彼も私を口実におおっぴらに飲めるので私の来るのを楽しみにしていたようです。そのジョンが1年半ほど前に急に天に召されてしまいました。ベネズエラで最高で最良の「飲み友達」を失ってしまい、愕然としました。その半年前、ちょうど3.11の前に行っていた時に、ジョンはマリア・ルイサとの馴れ初めの話など、私が初めてきく面白い話をたくさんしてくれたのでした。隠居のようなきままな生活を送っているかに見える彼は、かつてはさまざまな国に赴任していたデキるエンジニアだったようです。昨年アメリカにいた息子たちを訪ねた足で、マリア・ルイサのところにいったのも、最愛の夫、最大の理解者を失ったマリアを慰め、彼を追悼したかったからでした。
 2011年にジョンも娘のチェスティンも一緒に日本に来る予定にしていましたが、放射能が怖いからいやだ、とキャンセル。三年目にしてリタンマッチとなり、来日が決まりました。チェスティンはスウェーデンとベネズエラの混血で、今はスウェーデンでバイオや環境に関する仕事をしているようです。小さい時、オレンセのベンポスタに何年かいて、その時日本人の子どもたちと仲良くなり、日本語を教えてもらい、数年前には日本語を勉強するため1年日本に滞在しました。わが家にも時々訪れ、世田谷の小学校での国際理解の授業に、ベネズエラのことを話に行ったこともあります。
私がピースボートに乗って船内でベンポスタの話をするのは(このごろはあまりそういう機会がありませんが)、ベンポスタのことを知ってもらい、あわせて、ベネズエラにボランティアに行ってくれる人いませんか? とリクルートすることです。ベネズエラには、スウェーデンやスイス、ドイツ、スペイン、オランダなどから若い人たちがボランティアに赴いて子どもたちのケアにあたったり、設備をつくる手伝いをしたりしています。私も以前、4人の日本人の若者を連れていき、そのうちの2人はそれぞれ6ヶ月ボランティアをしてきました。いつでも必要なボランティア。やることは山ほどあります。年中暑いところで、決して住環境がいいわけではありませんが、カリブ海やマラカイボ湖、点在する島々、熱帯森林、と自然はものすごく豊か。いつか、マングローブの生い茂るところにエコツアーをする、というのが私の夢です。こどもたちと一緒にいれば、自然にスペイン語も覚えるし、ぜひ若い人たちに行ってほしいなあ、と思っています。

スポンサーサイト
プロフィール

marzoh

Author:marzoh
はじめまして、星野弥生です。さまざまな教育や子どもに関する活動、スペイン語圏の国々と関わるNGO的な活動を通じて、人と人との糊付け役みたいになっています。そんな活動の報告やらお知らせをする場として、ブログなるものに挑戦してみることにします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。