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ネコから思う3.11

なかなか更新しない、役立たずのブログですが。今日は4回がめぐった、忘れられない3月11日。思うことはたくさんあれど、言葉にならないもどかしさをずっと一日感じています。1月17日の神戸の5時47分も、私はガバっと起きて、ともかく神戸の友人たちと思いを一つにしようと思っているし、今日も、14時47分になったら、いる場所で黙祷を自分なりにささげようと思っていました。でも、新聞の片隅に記された、政府広報からの「追悼をお願いします。、黙祷を一分間お願いします」というアナウンスを見ると、なんだか気をそがれた感じです。言われてやることか、と思います。逆に、国から言われてみんなが従う、というのはとても嫌だなあ、と。だから私は、うっかりしていて2分遅れましたが、勝手に偲びました。政府主導のイベントに、この日のことを集約されたくない。そんな思いがますます募ります。原発再稼働を全国で進めていくことが、どんなにか、この4年間の福島のことを何も感じていないことの現れじゃないか、と心からの憤りを、このイベントの主催者たる安倍につきつけたいです。
 4年前のあの日、私はたまたま、西の方に旅をしていて、ちょうど岡山で新幹線から、目的地の松江に行くための伯備線に乗り換えようという時でした。息子からのメール「大地震、大丈夫?」 なんのことかわからず、伯備線の道中は、たまたま通じたPHSでの息子や娘との対応で追われていました。到着した松江でも、駅ビルの大きなスクリーンに映し出さsれる、信じられないような津波の映像に、現実感を失いました。あの日、わが家には私が松江への旅、夫は横浜での仕事で帰れずに知人宅に泊まり、息子は会社で動きが取れずにそのまま滞留、新宿の映画館にいた娘だけが、かろうじて、2時間もかけてタクシーで戻り、家の惨状(本棚や食器棚が倒れてメチャクチャになっていた)を見た、という状況でした。一番心配だったのが、ネコ。娘が戻っても、どこにも姿を見せず、いったいどこにいるのか、と松江にいる私は、それが目的の旅だった、松葉ガニものどを通らないくらい心配でした。真夜中になって、娘からの、「おなかがすいたのかでてきたよ。2階のベッドの一番奥からでてきた。」との連絡を受け、ホッとしました。動物は、ともかく一番安全なところに身を寄せるのだなあ、と、褒めてやりたい気持。その後も、余震が起こるたびに彼女(メスですから)は、同じ場所に逃げ込んでいました。
 この日のことをさっき思い返して;いて、私は揺れを経験しなかったけれど、わが家で大変な思いをしたのは、ネコのチャロだったんだよねえ、と思うと、「大変な思いをさせたねえ」と涙が出てきてとまりませんでした。いまさら。
 今日という日、追悼の番組があり、特集の記事があります。一人一人の体験、思いがものすごく響きます。そのことがこの惨事のすべてを語っているような。何万人、何千人の死者、というのも大きなインパクトですが、一人が自分の家族のことを語る重さは、ずしんときます。阪神大震災の時に、ビートたけしが言っていた、「6000人に死ではなく、一人✕6000回の死なんですよね」(正確ではないと思うけれど)、ひしひしと感じています。何もできないけれど、想像力と共感、それは忘れずに、自分のよすがとして、持ち続けていきたい、そんなふうに思う3.11です。
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Author:marzoh
はじめまして、星野弥生です。さまざまな教育や子どもに関する活動、スペイン語圏の国々と関わるNGO的な活動を通じて、人と人との糊付け役みたいになっています。そんな活動の報告やらお知らせをする場として、ブログなるものに挑戦してみることにします。

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