FC2ブログ

ベンポスタこども共和国の創始者、シルバ神父が逝ってしまった・・・

この日が来ることを覚悟していなくてはならない、それもそんなに遠くない日に。でも急でした。私はその日にはスペインに必ず行っている、と自分に約束してたのですから。
 ベンポスタこども共和国の創設者、シルバ神父が9月2日に逝ってしまいました。真夜中に届いた知らせでした。ちょうど一ヶ月前に病気の彼を見舞ったばかりでした。それが最後の別れになるとは思っていなかったし、いよいよの時には何が何でも飛んでいくつもりでしたから、自分への約束を履行できませんでした。去年の11月末に脳溢血で倒れた、と連絡がありました。その数週間前の11月始めに、マドリッドでチャイルド・ヘルプライン・インターナショナルの会議があって、電話をしたら、一日だけでもいいから来い、と言われたので、バスで7時間くらいかけてたどり着き、一晩だけ泊まって戻りました。その時が言葉を交わせた最後になろうとは・・・。でも倒れた時といい、いのちが燃え尽きた時といい、そのちょっと前に会えている、というのも奇跡のようです。集中治療室から病室、そして自分が55年前につくったベンポスタの地に戻って、数人が24時間体制で看病をしていました。あれほど饒舌だった口から言葉は出ませんでしたが、私のことはわかっていたようでした。
 1956年の9月、スペインのガリシア、オレンセ市郊外に、15人のこどもたちと一緒に「少年の町」を創りました。フランコ政権真っ只中に、その体制と相反する「民主主義」に基づくこどもたちの「自治の国」を建てたのでした。こどもたちの中から「市長」を選び、「住民総会」で直接民主主義を行い、敷地内の学校に通い、工場や畑で仕事をし、宿舎で共同生活を送る。ベンポスタの中では独自の「コロナ」という通貨を使っていました。それから10年目にはベンポスタの中に「サーカス学校」をつくり、サーカスに平和のメッセージを託して、こどもたちは世界中を公演してまわりました。日本で広く知られるようになったのは、89年にドキュメンタリー映画「ベンポスタこども共和国」を製作した時から。私は、翻訳、編集、字幕制作、はたまたチケット売り、とめいっぱいタダ働きをし、次第にこの国にのめり込み、気がついたら「ベンポスタ駐日大使」に任命されていました。93年には85人のベンポスタ人を草の根のサーカス実行委員会が招聘し、59日間、全国9カ所でサーカス公演を行いました。この時の実行委員長を引き受けてくださったのが井上ひさしさんでした。
 その後95年に阪神大震災が起こり、まちの復興を願い、被災者たちを元気づけるために長田区の鷹取でお祭りを開催した際に、シルバ神父以下15人をベンポスタからよんで「人間ピラミッド」の演技をしてもらいました。それが彼が日本に来た最後でした。もう一度彼をよんで話をしてほしい、と私も願っていましたが、果たせませんでした。
 10年くらい前からは、ベンポスタもこどもたちがいなくなり、次第に閉鎖状態となってしまいましたが、建国55年目の今年の9月(まさに今!)にはベンポスタで数年を過ごした多くの日本の元こどもたちに来て欲しい、と去年訪れた時に言っていました。これも間に合いませんでした。彼の生涯は徹底して「夢をみること」。去年だって、まだ新しい「まち」を創る構想を滔々と述べていたのですから。そして人間ピラミッドに託した「強い者は下に、弱い者は上に、こどもはてっぺんに!」という世界をつくらなければ、と言い続けてきました。これを夢ではなく、現実のものにするのが本当の「変革」。それはいつまでも私たちの「スローガン」であり続けるでしょう。
 本当に休みなく動き続けてきました。とくに、最近は頭の痛い問題をたくさんかかえ、それが病気の引き金になったのでしょう。彼のそばにずっとついていたビリャールが電話で言っていました。「神父はやっと休めたんだよ。いま、そのあたりを飛んでいるさ。」私も飛んでいきたい思いをこらえて、彼と隣り合いながらも、つきあってきた20年あまりを思い出しています。安らかに!
スポンサーサイト

コメント

No title

シルバ神父のご冥福をお祈りいたします
相変わらずお忙しそうです、ご自愛ください。
反原発のデモでお会いできるでしょうか?

No title

ひょっとしたことからこのブログに辿り着いて見ています。
私はいまだにコスタリカ生活を続けています。
10月に一度日本に帰る予定です。
何気にブログの更新楽しみにいますよ。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: スペインからの手紙

> 映画スペインからの手紙で子役をしていた源と申します。
> ふと、子役時代の事を懐かしく思いベンポスタを調べてみたらこのサイトにたどり着きました。
> 21年前(当時10歳。誕生日もベンポスタで迎えました)の事なので、あまり覚えていませんが、シルバ神父のあの厚く大きな手の温もりは今でもはっきり覚えています。
> 年齢を考えれば当然かも知れませんが、訃報を聞いてすごく悲しい気持ちです。
> 弱者が下にいることが当たり前のこの社会で人間ピラミッドを広げる努力をされていた神父安らかにお休み下さい。
> 今は介護施設で理学療法士として仕事をしています。少しでも弱者を支えられるよう仕事に励みたいと思います。

源啓介さま
今、コメントに気が付きました。
わあー! うれしいです。
ベンポスタに毎年ツアーで訪れています。二年前からは、神父のお墓参りをするのが日程に入るようになりました。今年も、彼の故郷ビラノバを訪ねたら、ベンポスタのサーカス大臣だったトニー(覚えてますか?)が、「映画の撮影の時、ここで結婚式の場面を撮ったんだ」と教えてくれました。
今度いつか一緒に行きませんか? 毎年、7月の終わりにツアーを計画しています。ベンポスタだけでなく、ガリシアを中心に、スペインのあまり日本人が訪れないところを少人数で回っています。
啓介さんの今のお仕事のこと、神父に伝えたかったですね。彼も最後は、トニーたちが必死で在宅介護の日々でした。
住所を教えていただけたら、私が時々、作っている「ベンポスタ通信」を送らせていただきます。

星野弥生

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

marzoh

Author:marzoh
はじめまして、星野弥生です。さまざまな教育や子どもに関する活動、スペイン語圏の国々と関わるNGO的な活動を通じて、人と人との糊付け役みたいになっています。そんな活動の報告やらお知らせをする場として、ブログなるものに挑戦してみることにします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ