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日中韓首脳会談での総理の発言に思う。そしてコスタリカ

  「ブログ、たまに綴っています」なんて言うのもハズカシイくらい、またまたのご無沙汰です。通算54号になる「ベンポスタ通信」を4月半ばにようやく作って600通以上発送すると、しばし筆が折れます。そうしたら今度は骨を折ってしまいました。またか、と言われそうですが、今度は足です。内科系はほとんとお世話にならないけれど、外科系はかなり頻繁、というお転婆(文字通り、婆が転ぶ)なのです。それほどの重症ではないですが、折れたは折れたので、くっつくまでおとなしくしていなくてはならず、世に言う「連休」、そして今もほとんど家に籠もり続けているというテイタラクです。せっかく緑の山々や山菜が呼ぶのに応えられず、会議その他のいつもの活動もキャンセルする事態。いつも、手帳に埋め尽くされたスケジュールをこなす日々。古希を迎えていつまでこんなのが続くのか、となんとなく思っていた矢先だったので、これは「休め」という天の声だと思うことにしました。周りも「それはよかった」という反応。まさに「骨休め」。スケジュールだって、こういう状況になってみれば、別に穴を開けてもそれほどの支障はないということがわかります。「怪我の功名」というのか、普段ほとんどすれ違いでご飯も一緒に食べることが少ない夫と、毎日食事を共にしたり、息子、娘の家族を家に頻繁によんでご飯を食べ、孫と戯れるという密な時間が取れたりしました。家の中のことをする(家事、雑用)のは際限なく、たまっていた新聞の切り抜きなどを整理し始めると、あるはずの時間が足りなーい! 2週間以上経ったので、そろそろお出かけもしてみようかな、というところです。不要不急の外出は避けて、と医者は言いますが。
 今日は、日本と中国と韓国の首脳会談のことがお昼のニュースで伝えられていました。アベ首相のエラそうな物言いに私は心底腹が立って仕方がありませんでした。今に始まったことではないけれど、「北朝鮮が非核化に向けて具体的な行動を取るよう強く求めていかなければならない」というのがこの会談の主旨ですが、「北朝鮮が正しい道を進み、明るい未来を築けるように・・」などと、なにをエラそうにのたまうのか。自分の姿勢を正してからモノを言ってほしい、とツッコミながら聞いていたニュースでした。
 ちょうど「コスタリカに学び平和をつくる会」の次の通信に載せる、2月に行われたピースデポの梅林宏道さんの講演の記録を仲間がまとめ、それに目を通していたのですが、講演のタイトルは「北東アジア非核兵器地帯」構想。まさにこの三国が会談をするなら目指すところはここであるべきだと思うのですが、梅林さんが20年前に提案したという「3+3」という案は画期的で現実的なものだと思えます。すなわち、南北朝鮮と日本が地理的な非核地帯になる。(世界のたくさんの地域に非核地帯がすでに存在しています。南半球はほとんどそう)それをロシア、中国、アメリカが尊重すると、5つのメリットが生じる。■日本と韓国は、中国・ロシアの脅威を理由に米国の「核の傘」で守られる必要はなくなる。したがって核兵器禁止条約に参加できる。■日本は被爆国として、核兵器廃絶への指導力を有効に発揮できる。■北朝鮮は米国の脅威を理由とした核保有の必要はなくなる。■米、中、ロ、韓国、北朝鮮は、日本の核武装の不安から解放される。■地域の安保環境の好転の契機となる。
地域のすべての国にとって緊張緩和の理由になり、地域の安全環境の好転の契機になると言える。
 これ、実現不可能じゃないよね、ここを目指さなくてはと思えるそのような案に対し、日本政府の立場は「時期尚早で北朝鮮が核兵器を無くさなければ話は始まらない」。ならず者の国が武器を捨てるというまでは、こちらは武力を背景に脅し続けるということで、これでは解決するわけはありません。今日のアベ首相の言葉には「外交」に求められる姿勢がこれっぽっちも見られません。中国、韓国のスタンスはこうではないですよね。「蚊帳の外」にいるものの遠吠えのようにも響きます。
 「圧力か交渉か」という外交の姿勢、そして憲法9条をどうするかが問われる時「コスタリカ」が注目されています。朝日新聞にも東京新聞にも、映画「『コスタリカの奇跡』積極的平和国家のつくり方ー」の上映運動が広がっている、という内容の記事が載りました。私たちの会でも3月に上映会とコスタリカ大使のお話の会を開催しましたが、その後もさまざまなグループが上映会を企画しているようです。友人が関わっているその一つをご紹介します。私がトークすることになっているようです。
 「軍隊がない国ってあるんですか?」
  憲法改正を考える映画とトーク
  映画「コスタリカの奇跡ー積極的平和国家のつくり方ー」上映
  トーク  星野弥生
  日時:5月27日(日) 13時40分開演(13時15分開場)
  場所:武蔵野プレイス4Fフォーラム
  問い合わせ:070-5544-3110(根岸)

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野草、タケノコは旬。そして映画も旬の今 

 すごいご無沙汰です。二ヶ月も書いてない、というテイタラク。ブログは綴らなくても、いろいろな「通信」を書くことで、ブログの代償としていました。ほぼ9ヶ月ぶりの私の「本拠地」である「ベンポスタ通信」をようやく昨日つくりました。ちょっと、ホッ!という気持ち。
 春のこの時期、ただでさえ忙しくてソワソワするのは、自然は待ったなしで、その惠みを惜しげもなく与えてくれるからです。先週は山梨で、新府の桃を眺めながら、目と手は地面に。野草を摘んで天ぷらにしていただく、という恒例の「日曜科学クラブ」の遠足でした。子どもはもとより、いい年の大人たちも「えっ!これ食べられるんすか?」と、むしゃむしゃと。人生観、変わったのではないでしょうか。そう、道草が食べられるのよ。食糧危機になっても大丈夫。いくらもあるから。(戦時中を想定したくないですけど。でも、日本の農業政策、なんでも輸入に頼る姿勢を見てると、これから草を食べることになるかも、ですね。)ツクシ、ナバナ、ギシギシ、コンフリー、ノカンゾウ、ウド、タラの芽、ワラビ、タンポポ、ノビル、ツリガネニンジン…。「採る」のではなくあくまでも「摘む」。そう「春の野にいでて、若菜摘む」です。やさしくそっと。ももの遠足の帰りに、かなり近くに住んでいる友人のところに一泊させていただき、セリとクレソンをたくさん抱えて戻りました。春は本当にたくさんの自然の惠みを提供してくれます。それは、私たち人間のからだにとって、「今だよ」という時。毎日、野草天ぷらをつくり、ツクシを卵とじにし、菜の花を辛子和え、セリを胡麻和えにし…ともかく、待ってくれないですからね、採りたてのものは。頭の中が、野草たちをどう調理するかでいっぱいの時に、今度はタケノコが届きます。茨城からのものすごく大きなタケノコを友人が届けてくれて、大鍋で茹であがった途端に、お次は九州から茹でタケノコが・・・。毎日、たけのこご飯、天ぷら、とまたまた台所に籠ります。やることは山積みでも、生きている豊かな食材は待ったなし。そっちが優先、は誰も異論がないところ、ですよね。
 そんな時、下高井戸シネマで一週間「ドキュメンタリー映画祭」。これも毎年、この時期の「旬」なのです。もう20年、友人の飯田光代さんがほとんど一人で切り盛りしている映画祭は、地域の人たちにすっかりおなじみになっていますが、モーニング、レイトと日替わりで上映される珠玉のドキュメンタリーに私もできる限り通っています。野草・山菜と映画、どちらも旬、双方ともからだ、心にすごく効きます。
 今日(16日)の朝、前から観たかった「飯舘村のかあちゃんたち~土に生きる」を観ました。菅野榮子さんと菅野芳子さんの大口開けた笑い声が、今も私の中に響いています。映画全体の素晴らしさはさておいて、伊達市に避難している榮子さんが、家を見に飯館に戻り、その時に生えてきているツクシを採る場面があって、でもそのツクシは汚染されているから、捨てられます。タラの芽がぐんぐん伸びていて、わーっ、採りたい、と私なら手が伸びそうですが、榮子さんは、こんなに元気に育っているのに食べることのできない無念さをつぶやきます。見ていて涙がとまりません。どうしてこんなことになっちゃったのか。原発がなければ、こんなことはなかった、と、飯館村民救済申立団の集会で発言する榮子さんがものすごくかっこいいです。
 春の惠みをありがたくいただくたびに、この惠みを台無しにしてしまった原発への怒りが新たになります。私の愛してやまない山菜、キノコ…。人間だけでない、動物も植物もみーんないのちを奪われた、ということを、今一度思い起こしたい、そんな季節でもあります。
 今週、金曜日まで映画祭は続きます。いろんなことを気付かされ、考えるきっかけとなり、人とつながり合える、そんなドキュメンタリー、オススメです。そう、旬です。

 映画とワインの集い 「からっ風が知っている~こころみ学園ものがたり」 

 書きたいこと、言いたいことは山々あれど、いざ書こうとなると「映画」の話になってしまいます。映画は何かを伝える最良の手段と思っています。映像の訴える力はとても大きい。だから私も「神戸」のことを伝えたくて、22年間「映像のちから」を借りて「神戸をわすれない」会を開催してきました。
 1月27日の第31回目の会で「まだ見ぬまちへ~石巻・小さなコミュニティの物語~」を上映しましたが、おかげさまで多くの方に来ていただきました。毎年必ずというご常連にお会いできるのも嬉しいことです。当日の毎日新聞に結構大きくとりあげていただきました。数年前に取材を受けた時の記者さんがなんと孫娘の幼稚園のお友達のお父さんだったことが最近判明! 間際に連絡して電話取材で書いていただきましたが、当日の参加者第一号が「新聞で見てきました」という方でした。始まる少し前に、黒田福美さんから電話。世田谷にお住まいだった以前はだいたい毎回足を運んでくださっていましたが、お母様の介護もあり引っ越され、だいぶ途絶えていたところだったので、「行けることになったので」と聞いてものすごく嬉しかったです。彼女は、この映画でナレーションを担当。神戸の時からずっと被災者に寄り添いながら、できる支援を続けてきた彼女ならではの気持ちのこもった優しい声です。本当に、いろんな人に支えられて、私も続けてこられているのだ、大勢の人たちと一緒に作ってきているのだ、と毎回思わされています。
 さて、また「映画」の話です。年中行事として「神戸をわすれない」の他にもう一つ「首謀者」になって企画・実行しているのが、「映画とワインのつどい」。世田谷ボランティア協会で私が言い出しっぺになって始めたのがもう10年以上前になるでしょうか。その時の映画が「からっ風が知っている~こころみ学園ものがたり~」でした。私の40年以上になる近所付き合いの仲良し、馬場民子さんがプロデュースしたもので、2004年の完成までに6年もかけた作品。まるで醸成されたワインのようですね。撮影のプロセスもよく聞いていたし、なによりも「こころみ学園」で作られる「こころみワイン」の美味しさは私の周りではとっくに承知、でした。ボランティア協会の中途障害者の施設「ふらっと」では、イベントになると必ずこのワインを販売していました。そんなこんなで、第一回上映作品は、こころみワインを飲みながら「こころみ学園」の知り、知的障害の人たちのくらしや生き方にふれよう、とこの映画に決めたのです。その後、毎年私も監督や作品に縁のある珠玉のドキュメンタリー映画を上映してきましたが、いつも傍らには「こころみワイン」そして私の手料理があるという美味しい会でもあります。
 今回この映画を再び、と思ったのは、一昨年の夏に起こった「相模原の事件」です。「障害者は生きていても価値がないから」と事件の犯人は以前から企てていた犯行の動機を述べています。そういえば同じことをかつて障害者の施設を視察して言った前都知事もいましたね。それに対して、「津久井やまゆり園」で犠牲になった19人、と一括りにするのではなく、19の1つ1つのいのちが失わされたのだ、と犠牲者一人ひとりの人となりを聞き歩き、「かけがえのない」いのちを記録してこられたのが元職員の西角純志さん。西角さんを昨年4月に「世田谷にこどもいのちのネットワーク」でおよびして、保坂区長、障害当事者の横山晃久さんと鼎談していただきました。一人ひとりにしかないそれぞれの「生」。そこに私たちは立ち戻らなくてはならないでしょう。今「こころみ学園」はそのことを改めて教えてくれるようです。入居者が固有名詞で語られ、生まれた時からの個人の歴史、家族とのかかわり、仲間との助け合いのようすが描かれます。一人ひとりの表情、ことばがすてきです。久しぶりに、映像チェックのつもりで見始めたら、もう釘付けになって最後まで見てしまいました。やっぱり、共に生きる、ってこういうことなんだ、と心底うなずきたくなります。
 多くの方に観てほしい、という気持ちが募り、お誘いします。

映画とワインのつどい presents
からっ風が知っている こころみ学園物語
ボランティア協会の「映画とワインのつどい」「エテ・マルシェ」などで大好評の『こころみワイン』。栃木県足利市の山裾にワイナリーを持つ、知的障害者の福祉施設〈こころみ学園〉でつくられています。傾斜38°の斜面をはいつくばり、ぶどう畑や椎茸の原木を相手に働くことによって、知的障害の人たちの心と身体は育まれていきます。その生活を描くこの映画は、知的障害者の施設のあり方を示唆するものでもあります。こころみワインと手料理を楽しみながら、映画と監督のお話に目と耳を傾けましょう。

日  時:2018年2月18日(日)15時30分から
場  所:世田谷ボランティア協会 二階第一・第二会議室
(世田谷区下馬2-20-14 パーム下馬 三軒茶屋駅より徒歩10分)

プログラム:「からっ風が知っている~こころみ学園物語」上映
      藤沢勇夫監督のお話
飲んで食べて話をしよう!

参加費:会員1,000円 一般1,500円
ワインまたはジュース1杯と手作りの軽食付き
(飲み物は別料金で飲めます。〉

お申込:お名前、参加人数、電話番号を
下記までお知らせ下さい。
電話:03(5712)5101 FAX:03(3410)3811
e-mail:sasaerukai@otagaisama.or.jp

「まだ見ぬまちへ」を観に、「神戸をわすれない」に来て下さい

 明後日(1月27日)に「神戸をわすれない」で上映する『まだ見ぬまちへ~石巻・小さなコミュニティの物語~』の東京での特別お披露目上映会が昨日開かれ、行ってきました。青池監督と「いしのまき 記録映画づくりを応援する会」代表の加藤さんからの挨拶に続き上映開始。2時間半があっという間に過ぎました。門脇小学校を中心にして子どもたちや地域の人たちの復興に向けたようすを描いた前二作「3.11を生きて」「津波のあとの時間割」に続く第三作目、というイメージでしたが、全く外れました。
 津波がすべてを呑み込み、ガレキの山と化した石巻市門脇・南浜・雲雀野地区。学校の子どもたちが近隣の人たちがみんなで「上へ、上へ!」と必死で登った日和山の裾野にあった23世帯(60人)がかろうじて残り、そこで新たなコミュニティを作っていく6年間のプロセスがとてもていねいに描かれています。神戸長田区の野田北部・鷹取の復興のようすを記録した14作の「人間のまち~野田北部・鷹取の人びと」はまさに「復興まちづくり」の記録であり、記憶でしたが、監督も言うように、この作品では復興まちづくりという言葉がほとんど使われていません。「一直線のまちづくりが神戸でしたが、石巻でのまちづくりは決してストレートではなく、らせん状で紆余曲折を辿ってきました」と監督。まちづくりストーリーではなく、6年間の暮らしの日々が描かれています。
 ガレキの野原が、何もない更地になり、3.11前には見えなかった海岸線がくっきりと見えていたところに、次第に家や復興住宅が建ち、再び海が見えなくなるという環境の変化、それに添うように小さなコミュニティが少しずつ進化していきます。仮設住宅から復興住宅に移ってくる人、避難先から家を建てて戻る家族、3人しかいなかった子どもがだんだんに増えていく・・・。描かれているのは日常なのに、次は何が起こるのか、なんだかワクワクしてしまいます。古くからあるお地蔵さん、生き残った松の木のかたわらに佇むお稲荷さんなどは人びとが集まる場所。毎年3月11日2時46分にはここに集まり、犠牲になった人びとに祈りを捧げます。塩害でほとんど枯れている松の木の下から若い芽が芽吹きます。更地になった後の湿原にはメダカが泳いでいましたが、建物が建つにつれて汚染も広がります。そんなディテールもプロセスの中にそこここに見られ、名カメラマンの一ノ瀬正史さんの目はさすが!と感動。夏祭りや餅つきが地域をつなぎ、お年寄りや子どもたちを周囲があたたかく見守り、支えているようすは、ここなら移り住んでいってもすぐに受け入れられそう、という安心感を覚えます。移り変わる周りの風景がなければ、被災地でないどこかのコミュニティの物語かと錯覚しそうです。もちろん津波あってのコミュニティなのですが、私たちの日常に十分通用する普遍的な物語でもあります。
 語りが黒田福美さん。「神戸をわすれない」の伴走者でもある福美さんの声がコミュニティ、人間関係のあったかさを伝えます。いつも会で配る長田神社前商店街のぐージー饅頭も、元をただせば福美さんが神社前商店街で展開したボランティア活動に端を発します。ここでも神戸と石巻がつながりました。

「神戸をわすれない」ぜひ来て下さい。東京ではこの日が一般へのお披露目となりますので。映画上映と青池憲司監督のお話です。

第31回 神戸をわすれない
「まだ見ぬまちへ~石巻・小さなコミュニティの物語~」

とき:2018年1月27日(土) 午後6時00分~9時30分
ところ:世田谷区立総合福祉センター三階
(小田急線梅ヶ丘北口・豪徳寺徒歩5分)

私たちの生き方が根本から問い直された日、2011年3月11日から7年の歳月が経とうとしています。1995年の阪神大震災の1年後から、長田区の野田北部・鷹取地区を定点に、まちと人びとの再生のようすを記録し続けてきた「青池組」に伴走しながら世田谷の地で「神戸をわすれない!」と言い続けて、地域の中での平時の人と人との関係づくりがまちづくりにどんなに大切であるかを、神戸の体験からから学ばせてもらってきました。いつやってくるかわからない首都直下型地震に備えなくてはならない私たちにとって、学びは貴重な財産です。
青池組は、3.11のあと、津波で壊滅的被害を受けた石巻の門脇小学校を中心に、とくに地域の中でのこどもたちの再生への歩みを撮り続け、「津波のあとの時間割」「3月11日を生きて」を発表してきました。「神戸をわすれない」でも、これまで映画を観て「震災とこどもたち」をテーマにゲストのトークとともに考える会を開催してきました。待たれていた第三作目「まだ見ぬまちへ」が、ついに先ごろ完成。石巻でのお披露目を経て、1月には東京にやってきます。世田谷での上映会が初回になります。「人とコミュニティの再生」は、野田北部・鷹取での「記憶」映画作りに始まり、青池組の永遠のテーマです。ひとたび失われた地域社会に代わる新しいコミュニティつくりのプロセスを6年半にわたって撮り続けてきたドキュメンタリー映画を観て、日本のどの地域でも課題となっているコミュニティづくりの取り組みを共に考え合いたいと思います。監督はもちろん青池憲司さん、そして編集はいつもの村本勝さん、ナレーションがこの会の「同志」黒田福美さん、というのが嬉しいですね。映画が2時間半と、いつもより長いので、今回は映画鑑賞をメインに、青池さんのお話、参加者との対話で構成しようかと思っています。

この会では毎度おなじみの、長田神社前商店街のきねやさんの「グージーまんじゅう」も待っています。おみくじつきのおまんじゅうで、新しい年の幸運をゲットしてください。お待ちしています。
   (神戸をわすれない・せたがや  星野弥生)

23年、神戸をわすれない!

 しばらく書くのをサボっていたら、あっという間に年が明け、2018年!正月が終わり、15、16日の、これは絶対に外せない地元での大イベント、世田谷のボロ市が終わり、フーっと息をついたら、今日は忘れもしない1.17でした。5時46分に黙祷をしようと思って寝ましたが起きられませんでした。不覚! 震災後何年間かは、神戸に行けなくてもろうそくをともした羽根木のプレーパークで思いを共にしたり、家でもベッドの上で正座して黙祷したりなんて殊勝だったのですが、最近ダメですねえ。あっという間に23年が経ってしまいました。「神戸をわすれない」と言い続けている私としては、この日はやっぱり特別です。東京のメディアではほとんど忘れ去られていますが・・。とりあえず、長田の神社前商店街の小さな和菓子屋さんの「きねや」さんに電話しました。「今日は、みんなにおぜんざいを振るまっているんですよ。」という声。23年経って、まちに住民が戻ってこない、周りの店はなくなり、大型スーパーがはばをきかせる、と、店の存続はいつも危ぶまれていますが、年に二度は「グージー饅頭」を世田谷に取り寄せて、味わってもらったり、買ってもらったりして、「雀の涙」のような何の足しにもならない支援をしています。支援じゃないな、きねやさんがなくなったら神戸がなくなってしまう、くらいな気持ちです。
 夜には、灘の友人、誕生日が一日しか違わない「同志」の森末さんに電話。なんだか落ち着かないこの日をやり過ごすには、やっぱり神戸の友人とつながるのが一番。私は被災した友人を何人も神戸に持っているだけの話で、彼らの気持ちに添うことなんかこれっぽっちもできないのですが、震災は神戸だったり、東北だったり、熊本だったりする。でもそれはたまたまであって、他の地域がたまたま地震の被害を受けなかっただけのこと。私たちは生き延びたけれど、どこにあってもおかしくない話。そう考えたら、何もできないけれど、そのことを伝えることはしたい、被災した人たちと思いを共にしたいなあ、と思ったのが「神戸をわすれない・せたがや」を世田谷の地で続けて行こうと思ったきっかけです。長田区の野田北部・鷹取地区で、まちと人びとの復興と再生のようすを丹念に記録=記憶してきた、青池憲司さん+青池組に伴走しながら、世田谷で14巻におよぶ記録映画を上映してきました。 映画づくりが一段落ついたところで、2011年の3.11。青池さんたちは、宮城の教職員組合の仲間たちの要請にこたえ、石巻に行きます。そこで、地震と津波で壊滅した門脇小学校の地域の、子どもたちや地域の人たちがどのように3.11を生き、どのように新しいコミュニティをつくってきているのかを記録にとどめます。地域の復興・再生のプロセスは、神戸の長田のそれと通じるものがあります。私は、それは今のところ非被災地である世田谷や全国のあらゆる地域にとって、来るべき災害に、そしてその後にどう私たちは備えていくか、共通する大切な、だれもが向き合うべき課題と思っています。

 31回目となる「神戸をわすれない」、1月17日というこの大切な日にご案内させてください。

「まだ見ぬまちへ~石巻・小さなコミュニティの物語」
1月27日(土)6時15分より  世田谷区総合福祉センター三階(小田急線 梅ヶ丘あるいは豪徳寺から8分) 
なんと、東京での初上映会となります。ぜひお越しください。
グージー饅頭も待っています!

(星野弥生  070-5554-8433 marzoh@gmail.com))

プロフィール

marzoh

Author:marzoh
はじめまして、星野弥生です。さまざまな教育や子どもに関する活動、スペイン語圏の国々と関わるNGO的な活動を通じて、人と人との糊付け役みたいになっています。そんな活動の報告やらお知らせをする場として、ブログなるものに挑戦してみることにします。

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